Bike Database

憧れのイタリアンバイク「ピナレロ」のブランドストーリー

自転車高額買取専門店「チャリストック」でも、買取に非常に注力している自転車メーカー「ピナレロ」。一昔前は、高級ロードバイクメーカーと見るのが一般的でした。しかし、近年のピナレロはロードバイクだけに止まらず、トラックレーサー、クロスバイク、トライアスロン用自転車、シティサイクルやMTB子供用自転車も製造・企画販売するトータル自転車メーカーへと成長。今や名門自転車メーカーの一つです。そこで今回は、そんな老舗高級ブランド「ピナレロ」のブランドストーリーをお届けします。

あの技術もピナレロが発祥なんだ!

そんな驚きにいくつも巡り会えるはずですよ。

───────────目次───────────

1.創業者「ジョバンニ・ピナレロ」

引用:http://www.pinarello.com/it/storia/nani

高級ロードバイクメーカー「ピナレロ」の創業者は、ジョバンニ・ピナレロ(Giovanni Pinarello)です。イタリアはカテナ・ディ・ビッロルバ(Catena di Villorba)という土地に、1922年7月10日に生まれました。当時のイタリアは第一次世界大戦直後の困難な時期で、ジョバンニ・ピナレロが生まれた10月には、後にファシズム運動を掲げて独裁体制を構築するムッソリーニ政権が誕生しています。

そんな時世に、ジョバンニ・ピナレロは12人兄弟の8人目として生まれました。「ナニ」の愛称で呼ばれていた少年の頃から自転車が好きで、13歳の頃には従兄弟のアレッサンドロの工房(1925年にミラノショーで金賞を獲得した工房)で自転車製作の手伝いを始めます。

一方、1938年の16歳でジュニアレースの活動を開始すると、アマチュア選手として60勝以上を挙げ、1947年にはプロへ転向。1951年にはジロ・デ・イタリアに出場します。そして、そのジロ・デ・イタリアでは、自ら狙って「MAGLIA NERA(マリアネーラ)」を獲得した、とのエピソードがあります。マリアネーラは、諦めず最後まで走りきった最終完走者を讃えるためのブラックジャージです(ちなみに、ジョバンニ・ピナレロが着用したそのジャージは、伝説の黒いジャージとして今も現存しています)。

しかしその翌年、ジョバンニ・ピナレロは二年連続で見事ジロ・デ・イタリアの出場権を獲得はするものの、結局出場は果たせません。ファウスト・コッピのチーム「ビアンキ」から解雇された若いパスクアリーノ・フォルナラへ、その権利を譲ることを要求されたからです。そして、その要求にはどうにも応えざるを得ず、ジョバンニ・ピナレロは泣く泣くその権利を譲ります。

その時、ジョバンニ・ピナレロは大きな失意に襲われたそうです。が、その出場権の対価として受け取った10万ポンドが手元にありました。そして、彼はそのお金を元手に競技用フレームを製造する工房を立ち上げます。それが「ピナレロ」です。1952年、ジョバンニ・ピナレロがプロ5勝を挙げた後のことでした。

以降、数々の名車を送り出し、ツール・ド・フランス総合優勝を通算10回獲得するなど、ピナレロはロードレース界をリードし続けますが、その創業者ジョバンニ・ピナレロは2014年9月4日に亡くなります。享年92歳でした。

2.偉大なチャンピオンの多くが愛した「ピナレロ」

ピナレロがチームに初めてフレームを提供したのは1957年です。その後、1960年にはプロに初めてフレームを提供すると、1966年にはスポンサーチームが国際的なレースで初優勝を飾り、1975年にはピナレロに乗ったファウスト・ベルトーニオがジロ・デ・イタリアで優勝、1981年にはジョバンニ・バッタリンがジロとブエルタで優勝、1984年にはアレクシー・グレオールがオリンピックで金メダルを獲得します。

そして1988年、ペドロ・デルガドがツール・ド・フランスで優勝してピナレロ初のツール制覇を達成すると、以後はビッグレース常勝ブランドとして安定感を見せます。

まずは1991年からのミゲール・インデュラインによる伝説のツール5連覇を皮切りに、1996年にはビャルヌ・リースがツール優勝、1997年にはヤン・ウルリッヒがツール優勝、2003年にはアレッサンドロ・ペタッキが「ドグマ」に乗ってジロ区間6勝・ツール区間4勝・ブエルタ区間5勝という大記録を達成すると、彼は2005年にはペタミラノサンレモでも優勝します。

2006年にはオスカル・ペレイロがツール優勝、同年にアレハンドロ・バルベルデがフレッシュ・ワロンヌとリエージュ〜バストーニュ〜リエージュの2大クラシックを制覇して初代プロツアーリーダーに輝くと、2009年にはアレハンドロ・バルベルデがブエルタ・ア・エスパーニャを制し、自身初となるグランツール総合優勝を獲得。2012年にブラドレー・ウィギンズ、2013年と2015年にはクリストファー・フルームがツール・ド・フランス総合優勝を飾り、2017年にはチームスカイ所属クリス・フルームがピナレロで前人未踏のツール&ブエルタ同年制覇を達成し、ツール最多優勝ブランドとしての地位を固めました。

歴代の偉大なチャンピオンのほとんどは、その歴史の中でピナレロで活躍した経験を持ちます。「ロードレーサーの歴史は、ピナレロの歴史」。そうした表現は、決して過大評価ではありません。ピナレロの純然たる実績の表現なのです。

3.ピナレロが起源と言われる技術

今でこそ聞き慣れた「カーボンバック」「インテグラルヘッド」「コンパクトクランク」は、全てピナレロ社が起源と言われています。他にもピナレロが生み出したと言われるものはありますが、この章ではその3つ「カーボンバック」「インテグラルヘッド」「コンパクトクランク」について簡単に解説します。

3-1.カーボンバック

ピナレロは1960年代にはすでに世界のロードレースに参加しており、古くからアルミフレームに力を注いでいました。そのため、他社と比較してカーボンフレームへの移行こそ僅かに遅れをとる結果となりましたが、その分アルミフレームに関してはとても評判がよく、特にそのアルミフレームを長いこと支える存在となった「カーボンバック」は当時のロードバイク界の一大ブームを巻き起こした技術でした。

カーボンバックはシートステイをカーボン製にすることで、車体の衝撃吸収性を大きくする技術です。ピナレロが世界で初めてロードバイクに投入した技術です。

ピナレロ初代のカーボンバックは、1998年に発表された「PRINCE(プリンス)」です。当時はまだほとんどのサイクリストがカーボンの乗り心地を知らなかったため、異次元の乗り心地はすぐに評判となりました。そのため、納車1年待ちもざらだったそうで、他メーカーも焦ってこれに追随し、カーボンバックがロードバイク界で大流行しました。

しかし、その後すぐにフルカーボンの時代が到来するため、カーボンバックの全盛期は短命に終わります。それでも、カーボンバックがロードバイクの歴史に大きな爪痕を残したのは紛れもない事実であり、ピナレロは2012年に「FP UNO」の名称でカーボンバックを発表し、2014年にはFP UNOから名称変更された「NEOR」がラインナップされます。

NEORは伝統のアルミカーボンバックとして、今なお非常に高評価なロードバイクです。
アルミの前三角はハイロドフォーミング成型技術を用いてアシンメトリック・デザインに整形され、T600 カーボン製のフロントフォークとシートステイにはピナレロの代名詞ともいえるONDAを搭載。ピナレロらしいライドフィールを楽しめるベーシックなロードバイクとしてビギナーにも人気です。が、カーボンバックはPRINCE誕生の1997年から20年目を迎えた2019年、一旦生産が中止されるそうです。

3-2.インテグラルヘッド

インテグラルヘッドは、比較的新しいヘッドパーツです。

ヘッド部の剛性を確保しつつ軽量化を図るという性能アップに加え、外観の向上を目的として開発されたものです。ヘッドチューブ径を大きくしてその中に大口径リテーナーを埋め込み、アヘッド方式で取り付けるものの総称です。

このインテグラルヘッド、今では当たり前となったパーツですが、世界で初めて採用されたのは、カーボンバックを世界で初めて搭載した「初代PRINCE」です。

3-3.コンパクトクランク

コンパクトクランクとは、径がコンパクト化されたチェーンホイールです。クランクとギアリングのセットで構成されいて、一般的には組み合わされるチェーンリングが50/34のものをコンパクトクランクと呼んでいます。

自転車はフロント側のギアが小さいほどギア比が下がりギアが軽くなります。そのため、コンパクトクランクは脚力が強くない初心者やヒルクライムに適していると言われています。

4.ピナレロ独特の技術・デザイン

ピナレロは、一目でピナレロと認識できる「ONDAフォーク」「左右非対称設計フレーム」などを開発するなど、先駆的な開発技術、およびデザイン面において他ブランドと一線を画しています。この章ではその二つについて解説します。

4-1.ONDAフォーク

ONDAフォークのONDAは、「波」という意味のイタリア語です。つまり、ONDAフォークは波形フォークということになります。

現在はONDA2へと進化しており、ピナレロによれば新形状は単に空気力学的な強化だけでなく、19%もの剛性アップを実現したそうです。また、同社は右側フォークブレードが左側より頑丈で角ばった形状にしている理由として、次の二つを公表しています。

一つ目が、スプリントやヒルクライムの時の、ハンドルの「引き」に応答する非対称な応力に対しバランスを取るため。
二つ目が、通常のライディング時に起こる一般的な非対称な応力のバランスを取るため。

この二つが、右側フォークブレードが左側より頑丈で角ばった形状である理由であると、ピナレロは自社サイトにて公表しています。

4-2.左右非対称設計フレーム

ピナレロはなぜ左右非対称設計フレームを採用しているいのか。
その最大の理由は、左右非対称にすることにより、フレームそのものの剛性とバランス性能が上がるから、と一般的には言われています。

自転車の主なパーツは、ほとんどが右側についています。フロントディレイラー、右クランク及びチェーンリング、チェーン、スプロケット、リヤディレイラーなどはすべて右側です。そして、これらのパーツがあるため、特に右側はトルクがかかるように作られています。

したがって左右非対称、つまりフレーム右側を左側より厚く設計して、剛性及びバランス性能を上げている、というのが一端的な見方です。

5.ピナレロのモデル

5-1.ピナレロの礎を築いたモデル「PRINCE」

5-1-1.初代プリンス

初代PRINCEは、初登場は1997年です。試作機がいきなりツールを優勝し、翌1998年に市場デビューを果たしました。

当時はアルミ全盛時代。ピナレロも「ケラルライト」というグランツールを制覇するフルアルミバイクを所有していましたが、
アルミフレームのシートステイだけをカーボン製にした「カーボンバック」という技術を世界で初めて投入。それにより完成したのが、この「PRINCE」です。発売当時、このプリンスは爆発的な人気を博したのですが、一方でこの「カーボンバック」という構造は多くのメーカーがこぞってコピーしました。

5-1-2.二代目プリンス「PRINCE SL」

2代目プリンスは2002年にリリースされ、カーボンバックにカーボンフォークを搭載し、「ONDAフォーク」デビューの革新的モデルです。

このONDAの技術は、空力性能と剛性のバランスを取るピナレロ独自のものです。異次元のハンドリング性能と衝撃吸収性を持ち、現代でも継承されているピナレロの代名詞となった技術で、この2代目プリンス「PRINCE SL」は非常に人気を博しました。

5-1-3.三代目プリンス「PRINCE CARBON」

2008年、プリンスは3代目の「PRINCE CARBON」へと生まれ変わります。最大の特徴は、日本屈指の繊維メーカー「東レ」のカーボン「50HM1K」を採用している点です。カーボンフレームの開発に出遅れ感があったピナレロですが、このモデルにより大きな転機を迎え、バイシクルマガジン誌の「レースバイクオブザイヤー」を初登場からいきなり2年連続で獲得します。

また、このプリンス・カーボンに乗り、アレハンドロ・バルベルデがアルデンヌクラシック制覇やツール・ド・フランスステージ優勝とマイヨジョーヌ着用を果たしました。そして、バルベルデが乗った赤と黄色のスペインカラーは市場でも大人気を博し、プリンスの名がより一層高まりました。

5-1-4.四代目プリンス

プリンスは三代目まではピナレロのフラッグシップモデルでしたが、2009年にドグマが誕生するとフラッグシップの座を譲ることになり、一時はマーケットから姿を消すことになります。

ところが2015年、ピナレロの伝統を守るべく、ドグマ65.1と同じ金型を使ったドグマF8の姉妹モデルとして復活。数年ぶりに発表されたプリンスは四代目として、ピナレロのアイデンティティとされるオンダフォークを継承し、根強いファンを歓喜の渦に巻き起こみました。

5-1-5.五代目プリンス

四代目プリンスを発表した後、ピナレロはドグマを継承したエアロロード「GAN(ガン)」をリリース。GANがセカンドグレードの座につき、プリンスは再び市場から姿を消すかのように思われました。

しかし2019年、その前年の2018年に革新的なモデルチェンジを果たした「ドグマF10」の技術を継承しつつ、ハンドリングのしやすさや乗り心地も加味したモデルを発表。それが五代目プリンスで、レーシングバイクのセカンドグレードとして再び主要ラインナップに返り咲きました。その原因として、エアロロードではドグマF10の反響があまりに大きかったことが考えられますが、いずれにせよ「GAN RS」と「GAN S」がラインナップから消え、同グレードモデルとして「PRINCE FX」と「PRINCE」がそれぞれ入れ替わる形で追加されました。

見た目はドグマF10と似ていますが、細部の造形にはより性能を最適化するアップデートが施されており、金型も新型プリンス専用のものが使用されています。一方で、ドグマF10に特徴的な「Concaveダウンチューブ」や、フォーク先端に整流効果のあるフィンを設けた「フォークフラップ」は同様に採用されており、GANと比べて10%の空力性能向上を実現。確実な進化を遂げています。

シリーズには3モデル「PRINCE FX」「PRINCE」「PRINCE Disk」がラインナップを果たしています。

5-2.ピナレロのカーボンバックのアルミフレーム車

5-2-1.FP UNO

名車プリンスから続くこだわりが随所に散りばめられた「FP UNO」。もちろんカーボンバック採用のロードバイクです。初登場は2012年で、ピナレロジャパンはこのFP UNOについて、自社サイトで「2012年モデルの中で大きな革新」と表現しています。

FP UNOでは初めてのアルミニウム・アシンメトリックフレームが採用され、6061-T6アルミニウムをハイドロフォーミングで左右非対称に加工し、左右非対称なカーボンフロントフォークとリアステイを搭載。フロントフォークとカーボンバックはピナレロの代名詞「ONDA」を装備し、非常にハイスペックなバイクに仕上げられています。

5-2-2.NEOR

「NEOR」は2014年、「FP UNO」から名称変更され誕生したカーボンバックのアルミフレーム車です。

メインコンポは初登場から2018モデルまで、ほとんどがシマノ・ティアグラです。が、105のMIXになったり、フル・ティアグラに戻ったりして、NEORは計7シーズンに渡ってラインナップされていましたが、ロングセラーでありながらも毎年のように価格が変動した珍しいロードバイクです。

そんなピナレロのNEORですが、2019年のラインナップからは姿を消しました。これにより、2018年現在、NEORはピナレロ最後のカーボンバックモデルとなりました。

ちなみに、アルミフレームとは言えNEORは決して安価な自転車ではありません。リア10速のティアグラがメインコンポで20万円を超えます。ここまで高価なアルミフレーム車はとても希少、と言っても過言ではないでしょう。

5-2.ミドルグレード「GAN」

ピナレロのフラッグシップモデルとして誕生した「DOGMA」。その血統を受け継ぐ直系のミドルグレードが、2015年に誕生した「GAN」シリーズです。当時のトップモデル「DOGMA F8」の形状をベースとしつつ、素材として使用するカーボンファイバーや細やかな造形、ペイントなどを見直すことでコストを圧縮。非常にコストパフォーマンスに優れたロードバイクです。

シリーズに用意されるのは、「GAN RS」「GAN S」「GAN」の3グレード。それぞれのフレームの形状は共通していますが、カーボン素材をT900 ,T700 ,T600と使い分け、ターゲット層によりマッチした走行性能を提供しています。

2019年にGAN RSとGAN Sは廃番になりましたが、GANは継続。形状はそのままで、カラーが刷新されました。

5-3.DOGMA65.1直系モデル「RAZHA」

「RAZHA(ラザ)」は、DOGMA 65.1の直系モデルとして、DOGMA 65.1と同じ特徴的なフォークとリアステイが採用されたロードバイクです。RAZHAのアルミ版的ポジションだったNEORは(NEORはマテリアルがアルミでしたがRAZHAとの価格差がほとんどなかったため)廃番になりましたが、「ピナレロといえばこの形状」というユーザーは依然として多く、RAZHAには小柄な女性向けの「EZ-fit」モデルも用意されています。

なお、2018年モデルから登場した人気カラー「イタリアンザフィーラブルー」は、エリア・ヴィヴィアーニ(イタリア/ チームスカイ)がリオ五輪で金メダルを獲得したBOLIDE HR のカラーリングをモチーフにした日本限定のスペシャルカラーです。トップチューブにはイタリア語で「落ち着いて、冷静に」という意味のタイポグラフィが入っています。

5-4.グランフォンド向け「ANGLIRU」

「ANGLIRU(アングリル)」は、「DOGMA K」の設計思想を継承したグランフォンド(ロングライド)向けのモデルです。カーボンマテリアルはよりホビーユーザー向けのT600グレードに置き換えられ、ピナレロ伝統のONDAフォークも搭載しています。

ロングホィールベースが直進安定性を高め、弓なりのセンチュリーライド・シートステイは長距離ライドの走破性・快適性を向上。また、28Cタイヤクリアランスなどのユーザビリティに優れた設計が特徴です。

5-5.ベーシックマシン「PRIMA」

PRIMA(プリマ)は、ピナレロのラインナップの中で、低価格で最もベーシックなクラシックロードバイクです。ビギナーサイクリストや通勤・通学などの日常ユース等、多用途に楽しめるモデルです。

NEOR廃番を受け、2018年現在ピナレロ唯一のアルミロードバイクです。

5-6.フラッグシップモデル「DOGMA」

5-6-1.第一世代DOGMA

ピナレロの不動のフラッグシップモデル「DOGMA(ドグマ)」。その意味は「固定された堅固な信条」です。

初代DOGMAの誕生は2002年。新素材戦国時代の真っ最中で、スチールバイクの時代からフルカーボンフレーム全盛期の現代へ移行する狭間でした。各メーカーは速さを求め、アルミ、カーボン、チタンといったマテリアルの可能性をとことん追求しました。

そんな中、ピナレロがDOGMAのメインマテリアルとして選んだのが「マグネシウム合金」でした。

マグネシウム合金は、実用金属の中で最も軽く、比強度や比剛性にも優れ、最も高い振動吸収性を有します。まさにロードバイクのチューブとしての理想的な性能を持つマテリアルですが、極めて高度な溶接技術を必要とする上、高価な素材であることから誰もが手を出しませんでした。また、腐食に弱いという致命的な欠点もありました。しかし、ピナレロはチューブメーカーのデダチャイとの共同開発によりその問題を解決。「AK-61」合金を生み出し、世界で初めてマグネシウム合金を用いたロードバイクの量産化に成功します。

それが第一世代の「ドグマ」です。

この第一世代DOGMAは、チューブのダブルバテッド化やオーバーサイズBBを採用する「DOGMA FP」、そしてトリプルバテッドチューブとリブ加工された最新のONDA FPXフォークを採用する「DOGMA FPX」へと2度のアップデートされ、2006年にはケースデパーニュのオスカル・ペレイロによりマイヨジョーヌを獲得しています。

5-6-2.第二世代DOGMA

通常、新しい素材やテクノロジーの投入は、そのメーカーのトップモデルから始まります。しかし、ピナレロがカーボン化を進めたのは、当時のフラッグシップモデル「DOGMA」ではありませんでした。レーシンググレードではあるものの、決してトップモデルではなかった「PARIS」や「PRINCE」からカーボン化に取り組みました。2008年のPARIS CARBON、翌2009年のPRINCE CARBONです。

DOGMAがフルカーボン化を果たしたのは2010年です。しかし、ピナレロが採用したのはただのカーボンではありませんでした。日本が誇るカーボンファイバーのリーディングカンパニー「東レ」の超高剛性素材「60HM1K」です。そして、ピナレロはこのDOGMAには「Think Asynmetric」という設計概念を持ち込み、フレーム全体を左右非対称に設計。駆動側と非駆動側のそれぞれの最適化を図るのですが、この革新的アイデアはその後のロードバイク業界にとても大きな影響を与えました。

こうした最先端の技術と素材によって新生を果たした「DOGMA60.1」でしたが、2012年には左右非対称設計が一層進み、エアロダイナミクスを向上させた「DOGMA2」へと進化を果たします。さらにその翌年の2013年には、最新素材「65HM1K Nanoalloy」を採用した「DOGMA65.1」へと生まれ変わります。そして、このDOGMA65.1がお披露目された2012年のツール・ド・フランスでは、ピナレロと堅いパートナーシップを結ぶチームスカイのブラドレー・ウィギンズが総合優勝を果たし、ここからピナレロがイエローバイクを用意するのは毎夏の恒例イベントとなりました。

5-6-3.第三世代DOGMA

それまでのレーシングバイクの世界では、高剛性と軽量性が最も求められました。しかし、近年ではエアロダイナミクスが注目を集めるようになり、ピナレロはブランドアイコン的なONDAフォークの形状を大幅に変更。2015年、「DOGMA F8」を発表します。

このDOGMA F8の開発には、イギリスの伝統ある自動車メーカー「ジャガー」も参加。これにより、ピナレロ(知識)+チームスカイ(フィードバック)+東レ(素材)+ジャガー(空力と検証)という超強力なコラボレーションが実現し、DOGMA F8は、12%の剛性アップ、16%のバランス均等化、47%の空気抵抗削減、120gの軽量化と、あらゆる要素において前モデルDOGMA65.1を凌駕する進化を果たします。

さらに2017年、ピナレロはDOGMA F8の進化形として「DOGMA F10」を発表。TTバイク「BOLIDE」のテクノロジーを継承することエアロダイナミクスを進化させ、更なるハイスピードバイクとして新生します。

DOGMA F10には多様化するレースシチュエーションに対応するため、様々な派生モデルが生み出されました。あらゆる天候に対応するディスクブレーキ搭載モデル「DOGMA F10 DISK」、極限のカーボンレイアップを実現した「DOGMA F10 X-light」、パヴェを最速で走破するためのエンデュランスシリーズ「DOGMA K10」、そこにディスクブレーキと電子制御式アクティブリアサスペンションを搭載した「DOGMA K10-S」です。

6.グループ・関連企業

ピナレロは2016年、LVMH傘下のスポーツ関係ブランドのL Cattertonに買収されています。LVMHは世界最大のファッション業界大手企業体で、1987年にルイ・ヴィトンとモエ・ヘネシーの両社が合併して誕生しました。

傘下ブランドにはLouis Vuitton (ルイ・ヴィトン)を筆頭に、CELINE (セリーヌ)、KENZO (ケンゾー)、Dior / Christian Dior (ディオール/クリスチャン・ディオール)、FENDI (フェンディ)、MARC JACOBS (マーク・ジェイコブス)、TAG HEUER (タグ・ホイヤー)、ZENITH (ゼニス)、BVLGARI(ブルガリ)、De Beers (デビアス)などがあります。

7.まとめ

3大ツールの一つ「ジロ・デ・イタリア」にも出場した経験があるジョバンニ・ピナレロ(Giovanni Pinarello)。
そんな彼が1952年に設立したメーカーが、今や世界的な総合自転車メーカーへと成長した「ピナレロ」です。コルナゴやビアンキ、デローザなどと並び、イタリアンバイクを代表するブランドです。

ロードレーサーの歴史は、ピナレロの歴史。

そう表現する人もいますが、実際に歴代の偉大なチャンピオンは、その多くがピナレロで活躍した経験を持ちます。ファウスト・ベルトーニオ、ジョバンニ・バッタリン、アレクシー・グレオール、ペドロ・デルガド。そして、伝説のツール5連覇を果たしたミゲール・インデュライン。その後も数え切れないほど多くのチャンピオンがピナレロに跨り、ピナレロはツール常勝ブランドとして地位を固めました。

そんなピナレロは、今は聞き慣れた「カーボンバック」「インテグラルヘッド」「コンパクトクランク」などの発祥のメーカーです。また、ONDAフォークはピナレロ独自の技術としてサイクリストに絶大な人気を誇っています。

シーンごとにモデルも発表されており、ピナレロの礎を築いたモデル「PRINCE」、ピナレロのカーボンバックのアルミフレーム車「FP UNO」と「NEOR」、ピナレロが誇るフラッグシップモデル「DOGMA」、DOGMA65.1直系モデル「RAZHA」、グランフォンド向け「ANGLIRU」、日常ユースやビギナー向けの「PRIMA」、ミドルグレードとして人気の「GAN」などがラインナップされています。

先駆的な開発技術やデザイン面において、他ブランドと一線を画している「ピナレロ」。
老舗高級ブランドとして、ツール常勝メーカーとして、ピナレロはこれからも私たちの憧れとして輝いてくれるに違いありません。